昨日、一人の仲間が転校していきました。岡田健太郎。5年生。(ポジション センター&ピッチャー 背番号13)
本当はおととい(12日)が引っ越しの日で、家族たちは先に出発したのですが、県大会出場を賭けた大事な試合に出たくて一人残って試合にのぞみました。
健太郎はみんなの為に、みんなは健太郎の為に、どうしても勝ちたかったのですが、結果は残念ながら2-4…。試合が終わって泣いている子もいる中、そこから少し離れた所でいつもは真っ先に泣いていた健太郎がバットを持って素振りをしているのです。その姿を見て私ももらい泣き……。
最終便で一人松山を発つことになっていたので、5年生全員と母親達で空港まで見送りにいきました。最初、はしゃいでいた子供達も別れの時間が近づいて来ると何やら様子が変…
みんな泣いているのです。搭乗口に入った健太郎を見届けると急いで屋上へ。フェンスに張り付いて通路を通る健太郎に応援の時のかけ声をみんなで何回も何回もかけます。健太郎もこっちを向いて一生懸命手をふっています。機内に入って健太郎の姿が見えなくなると、みんな声をあげて、肩をふるわせながら泣きだしました。
気の強い子も、普段あまり感情を表にださない子も、どんなに親から叱られても泣かない子も、いっしょにピッチング練習した子も、5年の中のムードメーカーの子も……。
みんな、「岡田!岡田!と言いながら泣いていました。」私たちもその後ろで大泣き…。飛行機が滑走路を走り出すと子供達もいっしょに走ります。「見えなくなるまで見送るけん! 岡田ー! 岡田ー!」と叫びながら…。
飛行機の灯りが見えなくなったので「もう帰ろ。」と言うと、「まだ見えとる!」と…。
しびれを切らした母親達が歩きはじめました。後ろを振り返ると、まだフェンスに張り付いている5人がいます。そのうち来るやろ…とロビーに入ろうとしたその時、一斉に叫ぶ子供達の声が…「岡田ーーー!」と。
そして歩きだしたのです。
帰りの車の中では、みんなが口をそろえて、「岡田がおったけんここまで来れた」とか、「ここまで勝ってこれたんも岡田のおかげや」とか……(^ー^)
これから先の試合に健太郎の姿はありません。それでもきっとあの子達はグランドのセンターに、ピッチャーマウンドに、そしてバッターボックスに、健太郎が立っている姿を重ねながら仲間達と頑張っていくことでしょう。
がんばれ5年生!!
がんばれ道後!!
追伸…その夜、遅い時間から雨が降りだしました。今日の遠足も順延になり…
気をまぎらわすこともできず、教室でどんよりと一日を過ごしていることでしょうね。きっと…(;_;)

会社の帰りがけ小学校へ寄ってみると一生懸命練習していました。「岡田君、もう暗いから帰ろう」と言っても最後の最後まで本当に一生懸命練習していました。
あ〜本当にソフト(スポーツ)が好きなんだな
いつか「再会」の日が来るように・・・・。
松山にいた時には、親子共々(娘たちまで)大変お世話になりました。
学年を超えて、お母さん方にはとても良くしてくださり、何も恩返しもできないまま、松山を出ることになり、大変申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
息子健太郎も、私からしてみたら何もできないいつも怒ってばかりの息子なのですが、皆さんにこんなに愛され、必要とされてたと思うと、とても誇りに思います。
そう思わせてくださったのも、道後にてソフトをやらさせていただいたからだと思っております。
本当にありがとうございました。
今もおひとりおひとりに、お礼を言いたいくらいです。
感謝感謝で、胸がいっぱいになりながら、ブログを読まさせていただきました。
本当にありがとうございました。
私も息子も、主人も娘たちも一生忘れることのできない土地です。
大好きです!
これからも頑張ってください!
負けてくやしかったけど、春の前期リーグで絶対がんばってほしいと思いました。
空港に送ってもらって、みんなと別れるのはとてもさみしかったです。
ぼくが飛行機に乗ってから、みんなが名前を呼んでずっと見ててくれたたのだとわかって、
最後まで見送ってくれてたんだと思うと、うれしかった。
1年間しかいなかったけど、一生忘れられない思い出になりました。
ありがとうございました。
前期リーグでは県大会に行けれるようがんばってほしいです。
応えんしてます。
集団スポーツの良さを改めて知りました。
早速、本日より地域の樽町JSC(HPもあります)に入りました。
「道後」の帽子をかぶり、道後カラーのスパイクを履いて、見学に・・・・
そしたら早速、午後から5年生以下の練習試合があり・・・ピッチャーとして出ることになぜかなってしまって・・・
とりあえず、1試合目すべて投げて、勝つことが出来ました^^
2試合目は2回まで投げさせてもらい・・・負けてしまいましたが、試合で泣くこともなく嬉しそうでした。
明日も練習です!
引っ越しても、我が家はソフト三昧になりそうな予感・・・フゥ
P.S 試合では泣きませんでしたが・・・早速泣きました;;
ノックの時、外野ネットに手足を引っかけ大転倒、急所をガーンと・・・泣いてしまいました^^;
で・・・・コーチの方が、、ぬわんと!!!
股間にコールドスプレー・・・・・こんなん使い方もありなんですね・・・・(笑)
但しアドバイスは投げ終わった瞬間の肘の曲がりは無くしたほうがいいよ。
いつも岡田君と呼んでいたけども数日間で成長したから今日から「健太郎君」と呼びます。
人間は成長するたびに敬称が無くなります、元巨人軍の長島監督を「長島さん」とはいいません。「長島」と呼び捨てにします。
ダイリーガーの一郎も「一郎さん」とは呼ばれません、「一郎」です。
聖徳太子に「聖徳太子さん」とは言いません。
「健太郎君」を「健太郎」と呼び捨てにされるよう努力してください。
コーチより。
皆さんお元気そうで、
健太郎君の早速のご活躍、何より嬉しいです!
道後の皆も喜んでいます。
新しい場所でも、よい出会いがあってよかったですね。
これも、健太郎が「ソフト」を頑張っていたからですね。
野球(ソフト)の好きな子どもは、どこへ行ってもボールとグローブがあればすぐ友達になれます。
ましてや、健太郎のように技術もあって、
優しくて、仲間思いで、声も大きくて、ちょっと負けん気もあって、男前だったら(褒めすぎ?)
心配ないでしょう^^
我が家は、3月末に岡山から引っ越してきたとき
前のソフトボールチームで、健太郎と同じように胴上げしてもらったり色紙を頂いたり、
主輝も私も泣きながらあいさつしたりしてきました。
そのときに「こんな素敵なチームは他に無いと思います。」と言って出てきたのですが、
今、道後スポ少にお世話になって、またまったく同じ思いでいます。
子どもたちがソフトを頑張っているからこそ、
私たち家族もどこへ行っても、受け入れてもらえる場所=拠り所があるし、
人の心の温かさを感じることができるし、家族の絆も強まります。
子どもがお世話になるから、父や母も少しでもお役に立てることがあれば…
そんな気持ちが根底にありつつ、結局私たち親も、他のお父さんお母さんから学んだり、
助けられたりしていることがたくさんあることに気付きます。
思春期の入り口の息子と、父が向き合えるのも
「ソフト」があるから。
キャッチボールは心と心が向き合ってないとできませんからね。
「ソフト」というスポーツに出会えて本当に幸せです。
きっと健太郎のチームも、道後と同じように
素晴らしいチームだと思うし、それを支える保護者の方々も、最強道後母S’に負けないパワフルな方々だと思います!
道後のメンバーも頑張っています。
これからはライバル。
いつの日かグラウンドで再会しましょう!!
遠く四国から、健太郎の活躍と、
岡田ファミリーのご多幸をお祈りしています。
まなかなちゃんも、元気に小学校・幼稚園へ行ってるでしょうね。
長々すみません。
>岡本コーチ
“人は成長するたびに敬称が無くなる”
…おっしゃるとおりですね。
先日のルネサス高崎戦観戦の際も、
私たちは「上野!上野!」と絶叫していました。
岡本コーチのこれまでの経験から得た重みのあるお言葉。
ぜひ、チームの子どもたちにも、折にふれて
伝えて(教えて)やってください。
親の言うことより、コーチのおっしゃることのほうがよく聞き(効き)ますから。。。
コーチが16年前に使っていたキャッチャーミットはスポーツ少年団のものでした。
しかし今使っているのは君たちの球を受けるために新しく初めて買ったミットです。
この2ヶ月間で気持ちが良いほど柔らかくなりました、それは皆が心を込めた球を投げてくれたからです。
(大切にするミットも一緒に成長してくれました)
昨日、ミットにマジックで「岡田健太郎、羽田行き最終便08-10-13]と書きました。
健太郎君は岡本ピッチングスクール最初の卒業生です。
ピッチャー向けてミットを差し出すとその文字が見えます。
これから沢山の名前を書いて一杯になったらミットはまだまだ使えても殿堂入りにして新しく購入します。
又、次への挑戦です、健太郎君も頑張ってください、泣いてもいいけど泣く前と泣いた後になぜ泣いたのだろうと考えてください。
(泣く前に考えたら泣けないかもしれないけど????)
送別会の時お母さん達が歌った「涙のかずだけ強くなれるよ!!」・・・・・・・。